REOスピードワゴン

ここではREOスピートワゴンというバンドについて書いています。REOスピートワゴンは長い歴史を持ったアメリカのロック・バンドです。もともとイリノイ州で大学が同じだったた3人が中心となり、1968年に結成されたバンドで、これまでにそのポップセンスが冴え渡るロックナンバーでヒットを連発してきました。しかしREOスピードワゴンの成功までの道は決して平坦ではありませんでした。デビュー当初から1980年にブレイクを果たすまで、年間300本(週6回!?)に及ぶライブツアーでアメリカ中を回っていました。町のクラブや高校での地道なライブ活動といったドサ回りで苦労しています。この間REOスピードワゴンのことを「アメリカで最も売れていないが、長続きしているバンド」という失礼な呼び方をすることもあったとか。そうしてデビューからおよそ12年たった1980年に発売したシングル「キープ・オン・ラヴィング・ユー」がREOスピードワゴンにとって初めて全米NO.1を獲得する快挙を成し遂げます。その後もヒット曲を連発し、シングルカットの「涙のフィーリング」は、15週連続全米1位に輝き続けました。

REOスピードワゴン成功と現在

こうして紆余曲折を経て得た「涙のフィーリング」の大ヒットにより汚名を返上し、その長かった成功への道のりを補ったREOスピードワコンでありますが・・・うまくいくことばかりではありませんでした。1980年代初頭のヒットを連発している時でも、その明るく爽快、ノリの良いサウンドが一部から「産業ロック」呼ばわりされるなどもしました。そしてメンバーの交替などが原因で、1991年人気を保ちながらの解散となります。その後1992年にニール・ドーティ(キーボード、シンセサイザー)の手によんて再結成され、現在に至ります。全盛期の勢いを取り戻すまではいきませんが、長いライブ活動で培われた、軽快でノリのいいサウンドと哀愁を帯びた歌は今も多くの人から愛されています。ちなみにスピードワゴンというバンド名の由来は、アメリカの自動車メーカーである「レオ・モーター・カー・カンパニー」で生産された車、「スピードワゴン (Speed-Wagon)」から取られたそうですね。日本にも同名のお笑いコンビがいますが、日本ではこちらのほうが名が知れているかもしれませんね。

REOスピードワゴン まずはこのアルバム

最も勢いがあった1980年代初頭にリリースされたアルバム「禁じられた夜」は当時アメリカビルボードのアルバムチャートで8週連続全米No.1を獲得していたジョン・レノン「ダブル・ファンタジー」から1位の座を奪いました。先ほどでてきた15週連続1位を獲得したシングル「涙のフィーリング」は、この「禁じられた夜」からのシングルカットです。ちなみにこの時1位を追われた「ダブル・ファンタジー」は結果的にジョン・レノンの遺作となってしまいます。REOスピードワゴンに興味がある方は、背後にそういう歴史的経緯もあるREOスピードワゴンヒットアルバム「禁じられた夜」からまずは入られてはいかがでしょう。このREOスピードワゴンというバンドはこの後かなりのメンバー交替をしていますが、このアルバムはまだオリジナルメンバーの頃の収録です。REOスピードワゴンの楽曲のよさにはもちろん定評がありますし、当時のアメリカン・ロックの雰囲気が感じられるのでオススメですよ。

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